英会話教室での出会い。はじめは苦手だった英語での交流

中学2年生の頃から、英語でつまずいた私は、英会話教室に通うことになりました。

文法はともかく、発音とイントネーションが特にうまくいかなかったからです。

先生はネイティブで、はじめ受け持ってもらったのは、ハワイ出身のカッコいいジョンという男性の先生でした。

英語でいきなり話しかけられて戸惑いも多かったのですが、少しずつゆっくりとですが聞き取れるようになり、また、簡単な話ができるようになっていきました。

そして、ジョンはハワイに帰ることになった時、住所を書いたメモと英語で書かれた物語の本をプレゼントしてくれました。

そこで、初めてエアメールを書いて送りました。

すると、ハワイのクリスマスカードを送ってきてくれて、いつでもホームステイに来て良いと書いてあり、感激したことを覚えています。また、その後の先生がたもステキな方ばかりでした。

クリスマスパーティーで、ケーキを配ってもらったのに、私のところにはフォークがなく、フォークをもらうために自分から英語で話しかけなくてはならなくなり、思い切って言ってみたところちゃんと伝わり、フォークを手渡してもらった時も、とても嬉しくて、英語をもっと上手くなりたいと思ったものでした。

高校生になってからは、ペンフレンドクラブにも登録し、アメリカ人の高校生と文通をはじめました。

初めてもらった手紙は、高校生らしく丸い文字で、読み取るのが大変でした。

そして、返事を書くのも、辞書を片手に四苦八苦しながら書いたのです。大変ではありましたが、生きた英語を勉強するにはピッタリだったと思います。

受験勉強や、授業の勉強など、勉強のための勉強は嫌いでしたが、英会話学校の先生がたとはなしたり、ペンフレンドと文通することは、本当に楽しく、もっとこういった生きた英語の勉強を小学生や中学生の頃からたくさんできていたら、もっと英語ができるようになっていたのではないかなあ、と思います。

気が小さかった私は、ジョンがせっかくいいと言ってくれたのに、ホームスティにも行く勇気がなく、大学でも留学する自信もなく、残念ながら英語とはかけ離れた生活を送っています。

しかし、今でもジョンがくれた本を大事に持っています。

英語を学ぶということは、単に語学の勉強ではなく、人との交流のための手段を身につけるということなのだなと今になって思います。

これから勉強する子供たちには、生きた英語の勉強をしてほしいと思っています。

マレーシア留学でネイティブの英語を学ぶのが一番と思った

以前に英語の勉強をするためにマレーシアに留学していたことがあります。

地元にはネイティブスピーカーの白人が教師として働いている英語学校がいくつかありましたが、そのようなところは授業料が高いために自分は地元で英語を母語とするマレーシア人教師から英語を習っていました。

この学校には様々な生徒がいました。

自分のように英語を学ぶためにマレーシアに来た人、ご主人の仕事の関係で引っ越してきたものの、英語が話せない主婦、そして英語をもっと勉強したいという地元の子どもたちなどです。

自分が教わっていた教師はマレーシア人としてはかなり上手な英語を話していたと思います。

また発音が明瞭であるために、日本人にとってみれば非常に聞きやすい英語でした。

授業は会話形式で行われましたが、重要なポイントは教師がホワイトボードに書き出し、それを生徒がメモするように勧められました。

この教師は年齢が60代後半くらいで、ホワイトボードに文字を書くスピードが非常にゆっくりでした。

そしてこの間に日本人の主婦たちは日本語でおしゃべりを始めます。

自分もついつい母語の心地よさに引かれ、主婦の会話に交じってしまいました。

英語学校で勉強しているのに日本語を話してしまうのはよくないと感じ、環境を変えたいと思っていた矢先、マレーシアに滞在する数人のアメリカ人がボランティアで英語を教えるクラスを開くことがわかり、それに参加することにしました。

このクラスに参加する前に、まずは英語のレベルをアメリカ人教師が知るために、一人一人と会話する機会が設けられました。

数人が一つの部屋に呼ばれ、そこでアメリカ人教師とある話題について簡単な会話を行うという仕方で進められていきます。

自分と一緒にこの会話に加わったのは、親の仕事の都合でマレーシアに引っ越してきた男の子でした。

この子とは以前の英語学校でも一緒に勉強しています。恐らく年齢は高校生くらいだったと思いますが、かなりしっかりした子で、アメリカ人教師の質問に対してもスラスラと返答していました。

「さすがだな」と思って会話を聞いていると、アメリカ人教師がこの男の子に対して「あなたの英語はなまりがすごい」と一言述べたのです。

確かに以前の英語学校の教師は中国系マレーシア人で、中国人独特の発音で話されることがありました。

とりわけ「R」が短く発音されることがあり、この点はネイティブスピーカーとの大きな違いです。

もちろん理解される英語を話すことが大切であるために、少しのなまりが会話に大きく影響することは滅多にありません。

しかしよりわかりやすい英語を離したいのであれば、やはりネイティブスピーカーに教えてもらうのが一番であると実感しました。

日本の学校教育では英語を習得できないのはなせ?

現在の学校教育では、ほとんどの人が中学校から高校卒業まで、6年間ほぼ毎日と言っていいほど英語を勉強します。

しかし、学校で英語を勉強しただけの日本人のほとんどが英語を満足に話すことができません。

今後、小学生のうちから英語教育が始まるようですが、6年を12年にしたからと言って、この状況が改善するとは到底思えません。

ではなぜ日本人は英語が話せないのでしょうか。

私は日本の英語教育は、英語を話せる、理解できるようになるのが目的ではなく、英語の言語学者を育てようとしているように感じます。

しかし、英語が母国語でもない私たちが、言語学者になるための勉強をしても、それは不可能な話です。

基礎ができていないうちに、高度な言語構成を学んでも理解できないのは当然のことです。

ではどうすればいいのでしょうか。その答えは、人間の語学習得の流れにあると考えます。

生まれたばかりの赤ん坊はまず、親の言っていることを聞きます。

これは英語では”hear”で訳され、「自ら聞こうと思って聞かなくても自然と聞こえてくる」というニュアンスを含みます。

次に赤ん坊は、自分の周りで親たちがなにを喋っているのか、周りでどんな音がしているのかを聴こうとします。

これは英語では”listen”と訳され、「自ら耳を傾けて聴く」というニュアンスを含みます。

漢字からも「音楽を聴く」などの場合はhearではなくlistenを使う理由もこれで分かると思います。

さらに赤ん坊は、親の言っていることを真似して話すようになります。これが英語では”speak”となるわけです。そして数年してようやく文字が書ける、すなわち”write”を行うようになります。

これらの流れは日本人、アメリカ人などに限定した話ではなく、すべての人間という生物の言語習得過程に共通している流れであると思います。

この流れが自然な流れであり、一番言語習得に適した流れとなります。

しかし、現在の日本の英語の授業に目を向けてみると、まず中学校に入学した生徒は、ひたすらアルファベットを書くという課題を与えられます。

何度も書いてまずは形を覚えましょうという授業が一般的だと思います。

そしてその後、文法を学んで、単語を覚えて、という学習過程を行うと思います。そして最後に、入試で必要だから。

という理由でリスニングの練習をします。

ここまでで明白のとおり、現在の日本人の英語の学習過程と、人間の自然な語学習得の過程は真逆の流れになっています。

これでは学習に困難をきたすのは当然のことですので、まずはこの流れの相違を理解して、自然な言語習得の流れを意識し、学習を進めるのが英語習得の近道だと考えます。

30歳を過ぎてから英検2級に合格することに成功!

私は30歳を過ぎてから英検2級を取得しました。

私は中学生の頃から英語が得意でした。

しかし英検となると3級ですら何度も落ちてしまい結局取得できないまま大人になってしまいました。

そんなトラウマがありいつか英検に挑戦したいと何年も思い続けていました。

そして英検を受験しようと思ったきっかけが海外旅行でした。

海外旅行に行ってみて思ったことは話せないし聞き取れないということでした。

英語が得意だと思っていたことが恥ずかしいくらい何もできませんでした。

もっと外国人とコミュニケーションをとりたい、会話がしたいという気持ちがとても強くなりました。

そこで私は英検受験を決意しました。

初めは取れなかった3級から始めようと思いました。しかし過去問を解いてみるとかなりの高得点をたたき出しました。

3級は確実に取れるなということで準2級の受験を決めました。

準2級も比較的簡単でしたので、一通り勉強しただけで合格できました。そしていよいよ2級です。

2級の過去問は全く合格点が取れませんでした。

まず単語が格段に難しくてわからないものばかりでした。長文読解も引っ掛けが多く難しかったです。

リスニングも同じく何度も引っかかりました。私はとても不安でした。しかしめげずにまずは単語を覚えることに集中しました。

単語を覚えなければ何も始まりません。高校の時にもらった単語帳を全ページ勉強しました。

およそ4000語ありました。

何度も間違えるところはチェックを入れて繰り返し覚えるように努力しました。

それが終わってからもう一度過去問をやって見たらある程度の手応えを感じることができました。

合格点付近まで点数が取れるようになりました。

調子のいい問題だと合格点を余裕で超えることができるようになりました。

そして6回分の過去問を3、4回繰り返しやりました。

一日の勉強時間は3時間くらいになっていたと思います。

そして一次試験は見事に余裕を持って合格できました。

二次試験は面接です。

面接も過去問をひたすら行いました。

言い回しやこう言われたらこう言おうというパターンを何個か準備してあとは単語を変えればいいようにいろいろな文章を考えました。

当日はとても緊張しました。

緊張し過ぎてカラスがトマトを食べているというところをトマトがカラスを食べていると言ってしまいました。

私は落ちたと思いました。

しかし実際結果が送られてきて見てみるとほぼ満点に近い成績で合格できました。

カラスがトマトのところだけしか減点されていないような点数でした。次の準1級はかなり難易度が上がります。

その前にTOEICを受けてみようかなと考え中です。

1冊のテキストをひたすら繰り返した独学の英語学習

恥ずかしながら、英語の勉強を始めたのは30歳を過ぎてからです。

それまで完全な英語嫌い、日本に来る旅行客は日本語を学んでおくべきだし、私は日本から出ることもないのだから英語は不要だと思っていました。

それが一念発起したきっかけは、今でもよく分かりません。当時も、聞かれると「Impulse!」と答えていました。

英語学習を再開するにあたり、とにかくネックになったのが、基本的な語彙力のなさ。

実は大学受験もしていません。そして高校卒業から10年以上の時間が経っているわけです。

文法以前の問題です。

何か大きな転機があったわけでもないので、もちろん全て独学ですから、取っ掛かりを見つけるのも苦労した覚えがあります。

まずは単語のテキストをさらおう、と思ったものの……十代、二十代の方には想像できないかもしれませんが、普段から勉強熱心な人でない限り、記憶力というものは加速度的に落ちます。

びっくりするほど落ちます。

下地がゼロなのだからなおさらです。

綴りについての勘のようなものも働きません。

aかeか、lかrかといった事、例えばcreaterではなくcreatorである、と言われても「何故?」という状態。

ほとんど全て大人が感じるだろう「もっと勉強しておくのだった」という後悔で落ち込んでいたとき、「質より量」という学習方法を知りました。

とにかく一冊をぐるぐる回す、1つ1つの単語を覚えてしまおうとしない、というものです。

ちょっとすれ違ったイケメンや美人より、職場や学校で毎日見る顔をよく覚えていますよね。そういうことです。そういうことなんだ、と信じました。

会釈だけする程度の相手でも、毎日であればなんとなく愛着が沸きませんか?

単語でもそれが起こりました。初めて自主的に買ったテキストを、寝る直前まで、起きたらすぐ、仕事の休憩時間にも眺めていました。

暗記しようというより、とにかく眺めていた感じです。日常のちょっとした物事を、頭の中で英単語に変換できるようになり始めたのは、3周くらいしてからだったと思います。

何度も重ねたシャープペンシルの線で単語が見えなくなり、マーカーに持ち替え、その色も一周ごとに替え、よれよれになった一冊が、宝物のようになりました。

テキストのはじめに出てきたRespect、今でも大好きな単語です。

そのやり方で、生まれて初めて、テキストを1冊やり通し、丸暗記までできたことは、非常に大きな自信になりました。どのくらいの大きさかというと、退職して1年間の語学留学に飛んでいってしまったくらいです(笑)。

そうそう、初めてクリアしたテキストは、一緒に連れて行きました!